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青森家庭裁判所八戸支部 昭和56年(少)510号 決定

少年 E・S(昭三八・一一・一二生)

主文

少年を中等少年院に送致する。

押収してある木製野球用バツト一本(昭和五六年押第五二号の一五)、サングラス(メタルフレーム)一個(同号の二七)、野球帽(同号の三九)および軍手一双(同号の四二)を没取する。

理由

(非行事実)

少年は、

一  昭和五六年五月中旬ころの午後四時三〇分ころ、アルバイト先である青森県八戸市大字○○字○○×の×新聞販売店A方裏物干場および二階六畳間において、同人の次女B子所有の婦人用パンテイ六枚ほか七点(時価合計一八一〇円相当)を窃取し

二  同年九月一日午前一〇時三〇分ころ、同市大字○○字○××番地C方において、同人の長女D子(当時一七歳)に対し、強制わいせつの行為をしようとして、所携の野球用バツト(昭和五六年押第五二号の一五)で同女の腹部を突いて同女を転倒させたうえ、同女につかみかかるなどの暴行を加えた際、同女に抵抗されて自己の顔を見られるや、右犯行を隠ぺいするため同女を殺害しようと決意し、右野球用バツトで同女の頭部を数回殴打し、次いで、同女方にあつた電気アイロンのコード(同号の一四)を同女の頸部に巻いて締めつけ、さらに、同女方台所にあつたステンレス製包丁(刃渡り約一八・一センチメートル)(同号の二)を持ち出し、右包丁で同女の胸腹部および背部を数回突き刺し、よつて、同女をして、間もなく、同所において、左肺動静脈損傷による失血のため死亡させ、もつて殺害し

たものである。

(適条)

一につき 刑法二三五条

二につき 同法一九九条

(処遇の理由)

一  本件非行のうち、殺人についての特徴の第一は、被害者が三人弟妹の長女である高校三年生で、殺害の方法が野球用バツトでの殴打、アイロンコードでの紋首、包丁での刺傷としつようであることにみられるように、結果の重大性と方法の異常性であり、その第二は、わいせつ行為のため被害者の家人や隣人を電話で他所に呼び出したり、帽子やサングラスにより正体を隠すよう装つているように、計画的で種々の細工をしていることであり、その第三は、このように計画的であつたにも拘らず、被害者の抵抗にあうと簡単に顔を見られているように、計画を立てた割りには、それが幼稚でずさんであつたことであり、その第四は、当初の目的は被害者の性器を見たいというわいせつ行為だつたのに、被害者に顔を見られた瞬間からわいせつ行為の事実を隠すためには被害者を殺害しなければならないと決意するに至つたように、より軽い非行を隠ぺいするために、それよりはるかに重大な非行を犯すことを簡単に決意していることであり、その第五は、このように一度殺人の決意をしたあと、何度か決意をひるがえす機会があつたはずなのに、殺害行為を中断しようとした形跡のないことである。

これらの特色の中で、結果の重大性、方法の異常性、殺意の確定性等からすれば、検察官送致を考慮しなければならない事案であるといえる。

二  ところで、少年がこのように重大な非行を犯そうと決意した理由は、前記のように、わいせつ行為をしようとして被害者を野球用バツトで殴打した行為を隠ぺいするためには、被害者を殺害するほかないと考えたためであるが、より軽い非行を隠ぺいするために、はるかに重大な非行を犯す決意をしたのは、これまで家庭や学校で築いてきた自己の「良い子」という評価を損いたくないと考えたためであり、「良い子」という評価を守るために自己が行おうとしている行為の結果の重大性を正しく理解できないことが、より根源的な少年の問題点と考えられる。

三  そして、少年がこのような人格を持つに至つたのは、家裁調査官○○○作成の少年調査票に記載されているように、主に家庭内の人間関係により、情緒面の発達が遅れ、社会生活を送るうえで必要とされる諸諸の知恵や価値観を身につけることができなかつたことが原因となつたものと思われる。すなわち、自己主張が強く、勝気で、潔癖であり、自己防衛のためには時に他者に対し攻撃的になる母親に対し、父親は、不満があつても、内罰と無罰で自我を守るタイプであるため、少年の母親に対しても、また自己の子供達に対しても発言力も持ち得ないばかりか、子供達からは評価されない存在であつた。このような両親の許で、少年の兄と弟は、母親の言葉をまともに受け止めず、マイペースの生活を送り、父親に対しても同様の態度をとることができた。これに対し、少年の場合は、母親の言葉をまともに受け止めたため、衣服を汚ごすからという理由だけで、小学生時も外で遊ぶことを禁じられたり、友達を家に連れてきてはいけないといわれ(少年は友達が汚い靴下をはいているからと理解している。)それを忠実に守るとともに、母親の指示で英語塾に通い、家事手伝や洗濯を忠実に、よくやつたりした。その結果、現象的には、夜尿、頻尿、吃音、頭痛等の身体的変調が続いたり、中学一年生ころから本件非行に至るまで、塾に通う途中のエロ本の万引きが続いた。これらの経験の中で形成された少年の性格特性は、性格は偽装型で、価値態度はやや固い伝統型である。自分の弱さを隠し、自分を実際以上に良く見せようとして、意識的にも無意識的にも技巧をこらし、いわゆる防衛機制が強い。したがつて、他人に対しては臆病な位気を遣い、争うこともせず、気持を先取りし、その中で生じた疑問や不満などは専ら紙に書くことにより消化していたが、前記の身体的変調やエロ本の万引は、母親に承認されることを基準とした行動様式の限界、破綻を示す行為と理解することができる。

四  しかしながら、中学一年生ころから続いたエロ本の万引は発覚することがなく、周囲の少年に対する評価を下げるような、一見して破綻を示す行為はなかつた。そのため、少年としては、母親に隠れて万引をしていることや母親に話しもできない性欲の高進などで自己嫌悪に陥るとともに、志望高校に進学できず、やむを得ず進学した高校で生徒達の興味、関心、生活態度が少年のそれとかけ離れていることを知つて失望するなど、表面的な生活の安定とは裏腹に、内面の葛藤は深まるばかりであつた。

五  本件非行は、窃盗と殺人であるが、殺人を犯すに至つたのは、わいせつ行為をしようとして少年の正体が発覚したため殺意を持つに至つたものであり、窃盗とわいせつ行為は、いずれも性欲の高進を正常に処理できなかつたための非行という点で共通しているので少年の問題点として、前記二、で述べたことは、窃盗についても殺人についても当てはまるものである。

また、精神鑑定の結果に示された、「爆発性の性格偏倚をもつ性格異常者」という判断は、少年の偽装的性格、すなわち、自己の弱さや感情を押し殺そうとする努力が限界に到達し、感情を抑え切れずにその発露を見たことを別の角度から表現したものと理解できる。その意味では、少年の前記の内面の葛藤は相当深化していたものと考えられ、内面の葛藤を生む原因を除去しない限り、将来も何らかの非行、犯罪を犯す慮れはあるといえる。

六  そして、内面の葛藤を生む原因の根幹は、母親の意のままに行動し、自己の感情を押し殺すことに専念することにより、他との協調を保とうとする中で生れた偽装型の人格にあるといえるので、少年の問題点を除去するためには、母親から独立し、自分の考えに基づいて行動し、自分の価値基準を作り上げることが必要である。そのための教育を少年に施こす場所としては、中等少年院しかあり得ないし、そこで更生の実を挙げることがひいては社会防衛を果たす唯一の途でもあるといえる。

ただし、仮退院の時期を決定する際には、本件事案の重大性、社会的反響、被害者の遺族に与える影響等考慮のうえ、慎重に判断されるよう勧告する。

よつて、少年法二四条一項三号、少年審判規則三七条一項、少年院法二条、少年法二四条の二第一項第二号、二項を各適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 村上和之)

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